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抜けない。/キッド&キラー小話
珍しく文章ネタです。
漫画にしようか文章にしようか迷っていたもの。暇だったばっかりに、キッドもキラーも可哀相な目に遭うお話です。ボニーちゃんも出てきます。網タイツも不穏な発言をします。
実は、以前携帯サイトをやっていた時頂いた、「キッドがキラーの仮面を脱がそうとする」というシチュエーションのリクエストをどんなものにするかなかなか思いつかなくて、やっと出てきたのがこれです。直接仮面を脱がそうとする、という表現にはなりませんでしたが……。
もう見てらっしゃらないかと思いますが、ようやくできました。遅くなって本当に申し訳ございません。
キッド一味がシャボンディ諸島に停泊して、数日が経った。
しばしば海軍や賞金稼ぎとの小競り合いはあるものの、現在島で最高額の懸賞金を誇るキャプテン・キッドに向かってくる者はそうはいない。むしろ、暇潰しにこちらから喧嘩を売りに行く程だ。海軍の膝元という場所柄もあり、それまでの航海に比べれば、実に平和なひと時を過ごしていた。
しかし、平和であるがゆえに起こり得る事件もあるということを、キッドは身を以って知ることになる。
キッド達は軽く昼食を済ませた後、街角で休息を取っていた。
「早くコーティングが終わるといいんだがな」
この諸島がそう退屈なわけではなかったが、これから飛び込む新世界に想いを馳せる時、コーティングの完了する数日すらキッドには惜しく感じられた。横でしゃがんでいるキラーが無言の相槌を打つ。キラーもまた、沸き立つ戦意を持て余しているように思えた。
キッドはふと、キラーの仮面に並んだ穴に目を留めた。
「お前の仮面ってボウリング玉に似てるよな。投げられそうだ」
本当に右手の指を3本突っ込み、それらしく投げる真似をする。ボウリング玉にしては、少々大きいが、その曲線は掌に馴染むものだった。内部で曲げた指がキラーの頭頂部に触れている。このまま投げたら相当飛距離が稼げそうだった。
「抜けなくなるぞ」
キラーは呆れたように言う。軽く身じろぎするが、特にこの状況に抗う気はなさそうだった。暇過ぎて、どうでもいいようだった。
「ハハ、そうだな」
キッドも自身の行為の下らなさに興を削がれ、指を抜こうとした。
抜こうとした。
抜けなかった。
キッドは自分の親指と中指と薬指を見つめた。何かの間違いだ、と思いたかった。改めて手に力を入れ、引き抜こうとした。しかし、第二関節から先が見えることはない。
試しに思い切り指を捻るが、皮膚がよじれるだけで、びくともしない。これなら、と仮面の内部で曲げていた指を目茶苦茶に動かしてみたが、中でキラーの毛髪が乱れるだけだった。何故か己の頭部が掻きむしられているので、キラーは流石に苛立ってきた。
「何をしているんだ、お前は」
「……」
キッドとキラーの周りを船員達が囲む。
「うわァ……」
「こいつァ何とも……」
誰しもが声にならぬ声を漏らし、ニュアンスを測りかねる溜息を吐いた。この状況を笑おうにも笑えない、呆れるにも呆れられない、奇妙な脱力感がキッド一味を覆っていた。仮に笑われても、キッドもキラーも怒るに怒れなかっただろう。
本当に間抜けだった。
丁度キッドの親指がキラーの顔の真正面に位置しているため、キラーは立ち上がることができなかった。また、キッドも腕が引っ張られるので微妙に中腰にならざるをえなかった。さながら仮装大賞でボウラー役をする人とボウリング玉役をする人、といった風情である。今まさに投げんとす状態のそれだ。そんな状態で移動をする姿の愉快さは言うまでもない。
キッドは指先にちくちくとキラーの毛髪が刺さるのを感じていた。キラーは怒ると毛が逆立つということを学んだ。
船員達は可哀相な船長達の姿が道行く人々から隠れるように物影に誘導した。そして、状況の打開策を話し合いにかかる。
「石鹸流してみたら取れねえかな」
「イケそうだが、オチが見えるぞ」
「仮面を外してみたらどうだ?」
「駄目だ、頭の手が蝶番を跨いでる。指の関節を外せば取れるかもしれないが……」
「絶対やめろ!」
船長とその右腕は、綺麗にユニゾンした。キッドにしても、キラーにしても、どちらかが不幸にならなければ指が抜けることはなさそうだった。
じっと考え込んでいたキッドが、顔を上げた。
「リペルで取れねェかな」
キラーの仮面は金属でできている。磁力で勢いよく反発させれば、抜けるかもしれない。キラーも頷いた。
「周りに危険物が無いところでやってくれ」
幸い背後は空き地であったため、キラーが吹き飛んでも受け身は容易にとれそうだった。
キッドは右手に力を集中させる。キラーは衝撃を予期して身構えた。船員達も、これでカタがつけば、と期待を込めて見守っている。「いくぞ。リぺッ……!」
次の瞬間、キッドの声にならない叫びが辺りに響いた。
「……キッド……頭の上で嫌な音が聞こえた」
実際に響いたのは、キッドの指の骨が折れんばかりに軋む音だった。どうやら射出角度を間違えたらしい。キッドはしばし予想外の痛みに悶絶していたが、はっと目を見開いた。
「待てよ…これを応用すれば、おれの腕の攻撃から更にキラーの斬撃が飛び出すという二段構えの技に…」
「おれを必殺技に組み込むな!」
その時、先程まで沈黙を守っていた網タイツが口を開いた。
「大丈夫だ……そのうち……頭の指が鬱血して……腐れ落ちる……」
「……」
すかさず横にいたドレッド頭が網タイツの側頭部を張り倒した。
「キラー!『それもアリだな』みたいな沈黙はやめろ!!」
「馬鹿言え!おれだって目の前に腐肉ぶら下げて生活したくないわ!」
「ずっと犬みてェに歩く羽目になるよりマシだって思っただろうが!」
「元はといえばお前が蒔いた種だ!」
まさかの爆弾投下に、キッドもキラーも騒然とした。抜けなくなるのではという不安が、長年共に歩んできたふたりの間に亀裂を生もうとしていた。船員達も余裕の無いふたりをほとんど目にしたことが無かったので、焦りを隠せない。
とはいえ、こんな下らないことで決裂するほど、キッドとキラーは子どもではなかった。
「キッド」
「……なんだよ」
キラーが神妙に喋りかけてきたので、キッドも冷静さを取り戻した。
「赤髪のシャンクスを知っているだろう。赤髪は片腕を失っているが、四皇として名を馳せている」
キッドは黙って眼下のキラーを見つめた。
「つまり指の2本や3本無くてもお前なら海賊王になれる!おれはキッドを信じてるぞ!」
「アホ--!!そんな理由で指詰めてたまるか!構えるな武器を!」
「……で、アタシのところに来たってか?3億越えが?」
「おう……」
不毛な言い合いを経て、本当に真面目に解決策を考えた結果辿り着いた答えは、南の海の”大食らい”ジュエリー・ボニーを訪ねることだった。
「いや、ホントありえねぇ……お前らパねぇわ」
「おう……」
伝聞に因ると、ボニーは人間を若返らせたり老いさせたりできる能力者らしい。ならば、その年齢操作で一時キッドを子どもにすれば、容易に指を抜くことができると考えたのである。
しかし、何しろ同業者は基本的に敵である。どう依頼をするかがネックだった。2億近く懸賞金に差のある、悪名高い海賊を前にしても怯む様子もないし(今の有様を考えれば当然だが)、同郷のよしみ、で通用するほど海賊は甘くない。
あとは謝礼を積むしかないのだが、果たしてこの女海賊は応じるだろうか。
「で、やってくれるか?」
舐められたくないのと、ボニーの機嫌を損ねないようにしたいのとで、キッドのストレスは最高潮に達していた。人に頭を下げることはプライドにもとる行為だ。キラーの方は姿勢の都合で、ずっと頭を下げっぱなしだが。
ボニーは手にしたりんごを丸ごと口に放り込み、咀嚼しながら言った。
「海賊は人助けなんかしませーん」
大変適当な返事だった。
「人が下手に出てればてめぇ!この無駄飯食らい!」
キッドが下手に出ていられる時間は短かった。本気で凄んだキッドの前で平静でいられる者はそう多くないが、ボウラー役の今は徒に面白さを強調するのみである。
「つか、アタシがアンタをコドモにするより、死の外科医とかいう奴に斬ってもらった方が早いんじゃねーの?」
「そいつは色々ヤバい噂を聞いてる」
人間をバラバラにしてバラバラに接合する能力、というのはあまり気持ちのいいものではない。二つ名や、風評を鑑みれば余計に頼みたくない。
「ふーん」
「というわけで」
「さようなら」
「くっ……」
にべもないボニーに殺意が沸くも、実力行使に出たところで意味は無い。ボニーは話は終わったと言わんばかりに、むしゃむしゃとピザを詰め込みにかかっていた。
すると、キラーが小声でキッドに囁いた。
(キッド、大食らいなら食べ物で釣れるんじゃないか?)
(そうだな。ピザ50枚…いや、大食らい基準か)
一応交渉に際して、具体的な謝礼金額は提示したのだが、一蹴されていた。大食らいに対しては、現金より食べ物の方が有効かもしれない。
「ピザ100枚でどうだ!」
ボニーはキッドを見た。明らかに興味を示している。しめた、とキッドとキラーは思った。
「……ゼロがひとつ足りないんじゃねぇの?」
「何ィ?!」
「くそッ…こんなに虚しくなる金の遣い方があったとはな…」
「さすが3億超えは気前がいいな!」
レッドラインを彷彿とさせる程に積まれたピザを前に、キッドは肩を落とし、ボニーは涎を輝かせた。1度に1000枚は用意できないので、ピザの代金以外にピザ職人を10人も雇う必要があった。今日1日ならこれで持つな、という衝撃発言は聞かなかったことにした。
今更ながら、医者に行けば良かったかもしれないと思えてくる。無論外科医ではなく。
「早いとこやってくれ」
「ハイハイ」
予想外に散財してしまったが、背に腹は代えられない。新世界に入ったら、敵船から奪えばいいだけの話だ。海賊王になった暁には、笑い話のひとつ位語られても構わないだろう。
その時、ようやく立ち上がれる、と安心したキラーが頭を振った。
すぽん、という小気味いい音がした。キラーはキッドを見上げた。キッドは大人のままだった。
今度はボニーを見た。腹を抱えてピザを頬張りながら器用に笑い転げていた。
もう一度キッドを見上げた。
「……」
「……」
「ごちそうさん!」
これを書くのに、ちょっとボウリングについて調べました。なんと紀元前5000年頃のエジプトでも行われていたという由緒正しきスポーツなんですね。当時はスポーツではなかったようですが。
”もともとボウリングは倒すピンを災いや悪魔に見立てて、それを沢山倒すことが出来たならば、その災いなどから逃れることが出来るという一種の宗教儀式であった。”
というwikiの記述も興味深い。この一節を見て、”ホーキンスがボウリング状態のキッドとキラーを目撃し、「悪魔に似た者達よ、お前達は玉ではなくむしろピンだ」とか言ってピン=釘で串刺しにして、ピンに見立てようと襲ってくる”みたいな場面も考えました。怖いのでやめました。
ここまで読んで下さってありがとうございました。