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他人の旗
珍しくキッド視点からの小話。
持たざる者への素朴な疑問。※
時折キッドは疑問に思うことがあった。いわゆる「普通の人間」は一体何を考えて生きているのか。
外の世界に飛び出して知ったのは、誰しもが己を主人公にしたがるわけではないということだ。自分の人生なのに自分が中心にいないのはおかしくはないか。
まだ堅気の世界に生きる一般庶民が己を脇に据えるのならばわかる。しかしこの大海賊時代にあって、海の荒くれ者ですらちんけな破壊と略奪と彼らにとっては相応の安酒を飲み下すことに安寧を見いだしているのはどういう了見だ。
捕まることなく上を目指すことなくできるだけ楽に稼ぎたいという欲望がキッドには理解できなかった。それはもはやただの卑劣な職業だ。しかし時々自分と同じにおいを感じる者に出会うことがある。それは大概目の前にいるのに遥か遠くを見つめていて、自分の掲げる旗に絶対的な自信を持つ、船長という人種であった。
そういう奴に出会うと面白い。飲まれそうになればなるほど前に立ちはだかりたくなる。そして強者の脇を固める奴らの眼に心地よい圧力を感じる。船長の強さへ懸ける信頼。仲間から掛けられたプレッシャーが船長から発されるプレッシャーを強靭なものにする。
ここでまたひとつ疑問が生まれる。
人の野望が自分の野望になりうるか?キッドにとっては愚問だ。なるわけがない。
仲間達からの信頼を下らないものと吐き捨てるつもりは毛頭ない。ただ他人の旗を死ぬ気で支えたいという心境がわからないだけだ。
そういえばそんな奇矯な男が隣にいたのであった。男はキッドの望みを叶えたいという。そのためにはいかなる尽力も惜しまないという。
「おれと会う前は何のために生きてた?」
「何も考えてなかったんじゃないか」キラーはあからさまにがっかりした表情を隠さないキッドから顔をそらし、少し強くなりたかったのかもしれない、と付け加えた。
実際のところ彼らは南の海で出会う前から互いに名前を把握している程度には存在感を有していたので、少しというには語弊があった。
「キッド、お前のように明確な目標を掲げて生きている人間は実は結構珍しい」
「そんな気はしてた。芯のねェ奴らばっかりだ」
「目標を突き通そうとする奴は我の強い馬鹿野郎と見なされるからな」空気のひび割れる音がした。まったく介さずキラーは続ける。
「だが強いということに憧れる馬鹿も山ほどいて」
「馬鹿を助けてやりたいって馬鹿も多い」
「……お前少しキレただろ」
「お前もな」キラーが子どもに対するような笑い方をした気配を感じてキッドの眉間に皺が寄った。
「現実、おれはお前に比べたら取るに足りない人間だよ」
「下げんな。おれの海賊団にそんな奴はいねェ」
「キッドがそういうことを口に出すとは思わなかった」キッドは完全に無表情になった。キラーは仮面の下で必死に笑顔を噛み殺す努力をした。バレたら爆発してしまう。
「だがまあそういうことだ。おれもお前の強さの一部でいたいんだ」
そういえばおれの野望ってのは海賊団の野望に吸収されてやがったな、とキッドは苦い顔をした。
負けるかよ。