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炉心 男は常に鉄屑を纏っていた。
男の身には磁力を帯びる呪いが掛かっており、世にある金気を持つ物は凡そ彼に隷属した。その力はもっぱら他者を捩じ伏せるために振るわれた。男の周囲には強い錆のにおいが漂っているのだが、それが鉄屑から立ちのぼるものなのか、誰かの血を浴びたことによるものなのかは判別できなかった。
長きに渡る旅の中で、男は左腕を失った。仲間は驚き嘆いたが、本人にとってはさほどのことでもないらしかった。それから男は代替として、左腕を模した鉄屑を繋いだ。無数のねじ、錆びた釘、歯車、折れた剣、鎖、ばね、スクリュー、あらゆる金属が野放図に絡みついたいびつな腕だ。
「まだ傷口は塞がらないのか」
「じきに治るだろ」血生臭さを振り撒きながら、男は偽の腕を誇示してみせた。金属片の隙間から、鮮烈な赤に染まった包帯が見えた。
包帯さえなければ、遠慮なく肉の奥へ食い込んでいきそうな鈍色の群。己とて刃物を振るう身ではあるが、両手で従えるのがせいぜいだ。男は集団を統べるための器を備えているが、無数の金属を従えているのは悪魔の力である。人の身に余る力がいつか反乱を企てないとは限らない。
鉄屑のぶつかりあう音は、謀り言を囁いているかのようで不快に響く。これまではただ肉体を覆うだけだったものが体の一部となっている。それは付け入る隙を晒しているようにも思えた。「……お前の片腕をあまり信用しない方がいい」
「お前を?」男は笑い混じりで返してきたが、己の意図した意味が現実的ではないことを思い、黙って頷いた。男は今度こそ声をあげて笑った。
それは、現実的ではなかったとしても起こり得ないことではなかった。
取るに足らない敵との小競り合いを終え、腰に提げた鞘に武器を収める。
男も普段通り、磁力を緩めて武器を解放しようとしていた。砂埃を払いつつ、男に声を掛けようとした瞬間、鼓膜を突き破るような金属音が響いた。それは鉄屑が上げる鬨の声のようだった。
男の表情を確認するかしないかの間に、その顔を鉄屑が覆った。超自然的な動きで、金属はあるじに襲い掛かっていた。「キッド!」
すぐさま駆け寄り引き剥がそうとするが、その数はあまりに膨大だった。侵食はゆるやかとも言える速度であったのだが、あまりに強く肉に噛みついていたため、剥がすのは容易ではなかった。甲虫の如く這いずる鉄屑たちは、皮膚だの肉だのを突き破って心臓をのみ目指していた。
鉄屑は悲鳴のような音を立てて男を喰らい尽くそうとしていた。ただ、その合間に漏れるわずかな呼吸音がかろうじて生命を保証していた。けれども、その呼吸さえも怒濤の進撃の前についえようとしていた。
不意に、鈍色の滴が地面を跳ねた。追って鉄屑たちは形を失いどろどろと垂れ落ちだした。一呼吸置いて、金属の塊がひれ伏すように地に沈んだ。
男の顔には、粒々した汗に紛れてうっすらと笑みが浮かんでいた。
「みんなおれの血だ」
その瞳は炉心の如く赤く煮えたぎっていた。